
雲仙・島原巡礼2日間コース
長崎空港発着便でのご旅行を前提としたコースです。潜伏キリシタン関連の世界遺産を中心に、主要観光地を交えた構成となっており、ご高齢でも無理なく楽しめるよう1泊2日の行程(各日6時間)で巡ります。
【1日目】
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往路便の到着時刻に合わせて、長崎空港ロビーまでお迎えにあがります。
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ご宿泊は雲仙温泉街のホテルをご利用いただきます。なお宿泊費はコース料金に含みません。
【2日目】
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復路便の出発2時間前までに長崎空港に到着できるよう、ホテル出発時刻をご調整ください。
1泊2日の各コースは、発着地を長崎市内に変更したり、2コースを組み合わせて2泊3日にするなどのアレンジもできます。お電話またはメールでお問い合わせください。
「島原の乱」の決戦の舞台は、なぜ原城だったのか? 島原半島ジオパークの地層、断層、地形などからブラタモリ風に解き明かしてみます。

①天正遣欧少年使節顕彰之像
車窓から
イタリア人宣教師ヴァリニャーノの発案により大村純忠、大友宗麟、有馬晴信の名代としてヨーロッパに派遣された少年たちの像(左から伊東マンシ ョ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアン)です。
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②愛野展望台・長崎カステラランド
長崎カステラ工場兼直売所とレストランが併設されています。橘湾を一望できるロケーションからは、東西に走る千々石断層を見ることも できます。また「海の見えるトイレ」がとてもきれいです。
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③原城跡
1637年の「島原・天草一揆」において、最終決戦の舞台となりました。天草四郎が率いる一揆郡37,000人(諸説あり)に対し、幕府は120,000人の兵力を投じ、すさまじい戦が繰り広げられました。
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⑤原城聖マリア観音ホール
2024年開館の新しい施設です。楠の大木からなる高さ10メートルのマリア像は、「島原天草一揆」の犠牲者を追悼するため、彫刻家の親松英治氏の手によって40年の歳月をかけて製作されました。
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⑥有馬のセミナリヨ跡推定地
車窓から
1580年、島原半島南部・有馬の地に日本で最初に西洋式の学校が建てられました。現在の小中学校のような存在であり、禁教となるまでの間、少年たちが西洋音楽やラテン語などを学びました。
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⑦雲仙温泉
日本最初の国立公園である雲仙天草国立公園は標高約700~800メートルの高地にあり、四季折々の自然美、そして温泉が楽しめるホテルが多数あります。豊富な海の幸・山の幸もご堪能ください。
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雲仙温泉街のホテルへ
■昼食におすすめのお店
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愛野・カステラランドのレストランは、バリアフリー対応です。
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原城の近くの「割烹城」や「真砂」では、地元の食材にこだわった料理が味わえます。
1日目(所要約6時間)
長崎空港からの出発
島原の乱から今に至るまでの歴史、そして普賢岳災害からの復興と、力強い人々の営みから明日を生きる活力をいただきましょう。
※⑮本多木蝋は、時間に余裕がある場合にのみご案内いたします。

⑧道の駅 ひまわり/土石流被災家屋保存公園
雲仙普賢岳の噴火による土石流災害で被害に遭った被災家屋の一部を、保存・公開しています。また隣接する道の駅では、地元で採れた農産物が販売されています。
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⑨白土湖(しらちこ)
車窓から
車窓から
車窓から
1792年の眉山(まゆやま)崩壊による「島原大変」によって生まれた、日本で最も小さな陥没湖です。それでも南北200m・東西70mの湖が街なかに見える独特の景観は、一見の価値ありです。
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⑩カトリック島原教会*
「島原二の丸教会」として1932年に建立され、二十六聖人の殉教から400年目を数える1997年に「島原殉教者記念聖堂」として改められました。敷地内には中浦ジュリアンの像が立っています。
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⑪島原城
車窓から
1618年から7年がかりで建てられ、明治期に廃城・解体。現在は復興され、キリシタン史料・郷土史料・民俗史料が展示されていますが、エレベーターが無いため外観のみお楽しみください。
車窓から
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